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五重の神社三角陣封印結界の謎。菅原道真の封印解除。木花咲耶姫の封印解除。

複合神社三角陣封印結界 7

一の結界と熊野三神

 一の結界には、熊野三神が封印されていました。素戔嗚尊さまと饒速日命さま、そして瀬織津姫さまの三柱の神々さまです。ではどうして、この三柱の神々さまは封印されてしまったのでしょうか?

 

 饒速日命さまの正体は、イエス・キリストである事を明かしました。

 

 藤原氏ユダヤ教の祭祀一族であるラビ族の末裔ですから、救世主としてのイエス・キリストを認めなかった事も理由の一つであったのでしょうが、それだけでは無かったのです。

 

 出雲族素戔嗚尊さまは、失われた古代イスラエルの十氏族の末裔でした。そして、アマ族の女王アマテラス(瀬織津姫神大市姫)さまは、古代ユダヤの二氏族の末裔だったのです。

 

ウバイド文化

 約7,300年ほどの昔、九州南部の海底火山鬼界カルデラが大噴火をおこします。このため、西日本一帯は火山灰に覆われてしばらくの間居住する事が出来ない状態と成ってしまったのです。

 

 元々海洋民族であった日本人達は、船を駆って国外へと脱出して行きました。王族たちは、シュメールに渡りシュメール文明の前段階のウバイド文化を築きます。

 

 当時、未開の地には地表に金のナゲット(粒)が転がっていたのです。これを採取し、川底の砂金を取りつくすと、ウバイド人(古代日本人)たちは、別の土地を求めて移動して行ったのです。

 

 残された都市国家のインフラを譲り受けた別の民族によって造られたのがシュメール文明だったのです。

 

 このウバイドの民達は後に、インダス文明を築き、その後砂漠の民となり古代ユダヤ人となるのです。

 

二朝の統合

 紀元前二世紀頃、故郷の日本は二朝分裂時代にありました。アスカの宮のニギハヤヒ朝とツクシの宮のウガヤフキアエズ朝の二つの王朝が並列して存在していたのです。

 

 この二つの王朝を統合するべく、約束を交わしてパミール高原から旅立った二つの種族が、出雲族とアマ族だったのです。

 

 陸路で日本に向かったアマ族はいち早く日本に到着し、九州にあった国々をまとめあげました。この時、アマ族に付き従って来日したのが司祭階級のレビ族でした。

 

 当時、レビ族は王家に取り入り権力の座についていたのです。

 

 遅れて、海路で日本に到着したのが出雲族でした。彼らは、出雲から北関東に至る広大な範囲の国々を平和裏に統合しました。

 

 さて、日向と出雲は手を取り合って国の統一を目指すはずであったのですが、先に日本に到着していた日向族は、出雲族の持つ王家の証しである十種神宝(とくさのかんだから)を要求してきたのです。

 

日向と出雲の和合

 日向と出雲は行く度かの戦火を潜り抜けた後、出雲の優勢と成りました。その後に、出雲の王素戔嗚尊の元に日向の女王卑弥呼が嫁ぐ事で決着と成ったのです。

 

 この事態に真っ向から反旗を翻したのが、日向で権力の座にあったレビ族たちでした。婚礼を実施するのであれば、日本中に呪を仕掛けると脅して来たのです。

 

 実際に、婚礼の儀が実施されると、彼らは怒りにまかせて日本中に呪を仕掛けて廻ったのでした。この国がその本来の力を発揮できぬ様に雁字搦めにしてしまったのです。

 

 熊野三神の封印もそうした大掛かりな呪の一つなのです。

 

 レビ族達は、邪馬台国と狗奴国の戦いに敗れると、半島に渡り百済の王族となりました。この王族が後の大和朝廷で頭角を現す事と成る、中大兄皇子中臣鎌足です。

 

 この二人の登場により、大和朝廷の因縁が始まるのです。

 

藤原氏と怨霊

 藤原氏大和朝廷に入り込み、朝堂を牛耳るようになると、彼らに疎まれ失脚させられ暗殺させられる豪族や皇族が後を絶ちませんでした。

 

 このため、飛鳥時代から奈良時代平安時代にかけては数多の怨霊が生じたのです。これらの怨霊の祟りから逃れるために幾度となく遷都が実行されたのもこの時代の特徴でした。

 

 大和朝廷の因縁を解消するためには、藤原氏の行ってきた悪行と、その犠牲になられた人々の隠された歴史を明らかにする必要があるのです。

 

 藤原氏は、歴史の勝者ですから、敗者と成った者達の記録はいかようにでも操作する事が出来るたのです。

 

陰陽塾と国家風水師

 怨霊達や、敵対勢力の神々たちに対する対策として、陰陽道を極めた国家風水師を育成するための国家機関である陰陽塾が設けられました。

 

 彼ら国家風水師たちが仕掛けたのが、神社を用いた三角陣封印結界だったのです。

 

 その背景には、古代エジプトの技術の一つである測量術があったのです。

 

 単純な三四五の結界とはいえ、広大な範囲に正確に結界を張る為には、確立された確かな技術が必要でした。

 

五重の結界

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  五の結界と七の結界

 

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  一の結界 二の結界 三の結界

 

 一の結界における気の流れは、封印の仕掛けが働いているときは、重心部にある津島神社と重心部と垂心部の間にある大歳御祖神社に流れ込みます。

 

 そして、この二つの神社を封印の拠点とするべく働くのです。

 

 ここには、五の結界と七の結界、加えて一の結界と二の結界、三の結界の計九か所のイヤシロチから噴き出る気のエネルギー全てが集まるように働いているのです。

 

 これは、五重の結界を使って造られた、深く強大な力を持った封印の仕掛けなのです。熊野三神は、それだけ恐れられていたのでしょう。

 

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